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松原湖の句碑

松原湖の句碑のイメージ

松原湖は美しい風景から多くの文人に愛された土地です。
湖畔をめぐりながらの一句を・・・・。
秀作はホームページにて掲載します。

松原湖の句碑

8 松尾芭蕉句碑
  名月や池をめぐりて 夜もすがら
  嘉永5年〔1852〕11月建立

14 碑三基  
 一 小林作吉 昭和7年建立 
  ななとせあとにすわやしろ
   御軍の神とたたふ たつるみはしら

 二 小池葭州  
  83歳詠 朽ち龍と奈る御柱や阿し能角
  くちりゅうと なるみはしらや あしのかど

 小池かしゅう、名は慶作、安政元年八那池村の生まれ、昭和17年88歳の高齢で亡くなっています。
 先生は村の秀文校を出て海尻で庚辰塾を開き、後に五箇冬季分校の教員となりました。
 ここでは俳句の弟子として松齢、溪川、保有、紫泉などを育てました。
 大正13年に子弟が葭州翁作品集を出しています。
 昭和6年その徳をしたってこの句碑を松原湖畔に建てたものです。
 

 三 井出八井
  昭和39年歌友、門弟によって建立 

  鳥がなく山能ふもとの美つうみの
      あかとき近く樹に鳥が鳴く 
  

井出はつせい、名は重儀(しげのり)

 明治20年南牧村海尻に生まれ、小学校教員として大正5年

 北牧小学校松原分校に赴任、昭和13年退職までこの学校に在職、

 享年53歳、歌集には『背景』『氷の湖』『井出八井歌集』

  などがあります。

25 入沢達吉顕詩碑

  
  入沢達吉は大正天皇の待醫で、この詩碑は達吉の弟子の医
 学博士平野啓司によって昭和12年5月に建立されました。

 西風宜客縦行遊 四面層巒紫翠幽
 探編信中南北勝 松原湖上賦新秋
 四百年前我祖郷 尚見喬木残餘慶
 雲孫追遠首丘感 八嶽彌高千水長 

26 句碑 玄川

  はるがきた 
    入沢山に つげにけり32 芭蕉句碑

  雪ちるや
   ほやのすすきの か里のこし

35 鷹野つぎ文章碑 小海町文化財指定

  鷹野つぎは浜松の生まれで、鷹野 弥三郎と結婚して当地ゆかりの人と なりました。

  島崎藤村にその文才を 認められ、多くの著書を残しています。昭和18年に54歳で永眠しました。

  

亡くなったとき藤村など文人達が《つぎ》の文章碑を建てる計画をしましたが実現せず、昭和61年にこの文章碑が建てられました。
  

『信濃の春は短いと私は思う だが深いそして非常に清新
 である たとへば暁の目覚めのひとときのやうに 衰弱のあ
 との健康のやうに』